創業100周年から新たなパナソニックがスタート 家電のさらなるIoT化とオープンイノベーションを加速


家電メーカーは、文字どおり家電製品のモノづくりを事業の柱としている。しかし、決算を見ると多くの家電メーカーでは、いわゆる家電製品が利益の源泉ではなくなりつつある。そのような中でパナソニックは今後のビジョン説明会を開催。これからのパナソニックが目指す方向性について、変わる部分と変わらない部分の双方が披露された。

「これでいい」ではなく、「これが欲しい」と選ばれる商品を目指す

パナソニックのビジョン説明会で登壇した社内分社であるアプライアンス社社長の本間哲朗氏は、「家電事業はパナソニック100年の歴史の中で、常に事業の中心にありました。家電事業を通じて、これからの暮らしのあこがれを作り出し、世界の人々に届けていくこと。それがパナソニックの変わることのない未来に向けた仕事だと信じています」と述べた。

パナソニックが目指す今後のビジョンを説明するアプライアンス社の本間哲朗社長
パナソニックは現在、全世界で100拠点を有し、71,000人の社員が働いている

消費者の志向は変化し、家電製品においてもより付加価値を求めるようになってきた。そこで同社が推進しているのが、新しいレシピ提案を行う「おいしい7days」シリーズであり、新たな価値提案を行う中国の「軽厨房」シリーズなどの「群」展開である。

しかし、市場の流れの変化は早く、提案においては、より一人ひとりのニーズを捉えて提案していかなくてはいけない。本間氏は、「『これでいい』と選ばれる家電を作るのがパナソニックの目指していることではなく、お客様に『これが欲しい』と思っていただくことが重要」であると説く。

これまで家=ホームは壁と屋根に囲まれたものと考えられてきたが、これからはコミュニティやソサエティとつながっていくことで、暮らしや人生に新しい喜びをもたらすところに進化していくという。「一人ひとりの暮らしに寄り添い、一人ひとりの豊かなホームを作り、暮らしのあこがれを届けていくこと」。それを表すのが、同社が掲げる「ASPIRE TO MORE」「Designing Your Lifestyle from Home」というワードである。

パナソニックが考えるホームとは、単に壁と屋根で囲まれた家ではない

西川産業と睡眠関連サービスを共同で開発

パナソニックでは今後、個々の家電が連携しながら、一人ひとりの生活シーンや空間に合わせた新しい体験を提供していく考えだ。その一つが食の分野。食生活をトータルに支援するためにキッチン家電をIoTでつなぎ、ユーザーの情報をクラウド上で蓄積する。これにより、ユーザーのコンディションから最適なレシピ提案を行い、食材の配送受け取りから保管・調理までをシームレスにつなぐという構想だ。

クラウドを活用してユーザーの状態から食材の保管・調理サポートまでを連携させる構想

「一人ひとりのライフスタイルに合わせた食のあり方を追求し、人に寄り添って成長する食コンシェルジュを目指し、食生活をトータルに支援できる企業を目指します」と本間氏は話す。

食以外の新しい体験の提案として挙げられたのが美と健康分野で、その中で着目したのが『睡眠』。本間氏によると、「良い睡眠は健康であると同時に、美しくあるために欠かせないもの」であるためだ。この『睡眠』では西川産業と組んでプロジェクトをスタートさせると発表した。

西川産業とプロジェクトを組み、快眠アルゴリズムの開発に関する実証実験をスタートさせる
日本橋西川では、パナソニックとのコラボによる睡眠環境サポートルームを店内に併設している

西川産業は寝具の製造・販売だけでなく、睡眠を科学する研究機関である日本睡眠科学研究所を1984年に設立し、国立大学や大学病院、専門機関と連携を取りながら、睡眠に関するデータの収集や研究を行っている。

パナソニックのエアコンや照明器具などのIoT家電で得られる部屋の温度や風量、利用時間帯という各種のデータを西川産業の睡眠データと掛け合わせることで、人の眠りの変化が把握できる。このデータを蓄積すれば、「一人ひとりのお客様を快眠に導くためのアルゴリズムを開発でき、睡眠に最適な寝室環境を作り上げていきます。これまでにない新しい眠りの体験をホームにお届けします」と本間氏は西川産業とのプロジェクトの狙いを話した。

西川産業の西川康行代表取締役社長はパナソニックとの共同研究に期待を寄せる

登壇した西川産業代表取締役社長の西川康行氏は、「たくさんの情報はありますが、本当に正しい睡眠の情報は、あまり多くありません」と指摘。一人ひとりの睡眠のデータを取ることが重要で、「眠る前の状況や寝具の状態がどうあればよいかは分かっていますが、就寝前後も含む家の中の音や光、香り、映像、あるいは全体的な雰囲気は当社が得意とする分野ではないので、共同で研究をしてその成果をお届けしたいと考えています」と話した。

2018年度中にGoogleアシスタント対応製品を発売

さらに本間氏は、パナソニックが目指す家電のビジョンについて、今よりももっと楽しく、もっと簡単に家電とヒトをネットワークにつなげていきたいという。その具体例として、Googleアシスタントとパナソニックのクラウドサービスを連携させることで、家電の機能拡張と進化を実現させていく考えだ。

家電とヒトとをネットワークでつなぎ、家電をもっと楽しく使えるようにする

「2018年度を目処に、Googleアシスタント対応のスピーカーとヘッドホンを日本市場に導入します」と発表した。さらに、詳細は決まっていないが、LINE社のLINE ClovaとパナソニックのIoT家電製品の連携についても検討を進めていく考えを示した。

Googleアシスタント対応のスピーカーとヘッドホンを年度内に市場投入

Googleアシスタント、LINE Clovaとなると、Amazon Alexaへの対応が気になるところだが、これについて本間氏は当日の質疑応答の中で、「Amazon Alexaとの連携は海外向けのBDプレーヤーなどで、すでに実現しています。どれかの技術をすべての機器に使っていくというほど、まだ突出した技術は見当たらず、一つ一つの製品に最適な技術の形は違うのではないかと思っています」と延べ、その製品に最適な技術を採用していく考えを示した。

ネット接続でNTTドコモとLPWAの実証実験を開始

IoT家電がIoT家電としての価値を認めてもらうためには、インターネットへの接続が必須となる。しかし、現在の家庭内における無線LAN環境では、甚だ心許ない。そこでパナソニックがIoT家電を推進、普及させるために目をつけたのが、LPWA。

「振り返れば、家電の進化は家事労働からの開放から始まりました。家電の機能は進化・向上し、新しい便利さを届けてきましたが、今求められているのは、IoTであらゆる家電をネットワークにつなぎ、新たな体験、サービスを創出することです。LPWAは低消費電力、長距離通信、大量機器接続、低コストという特徴を持ち、クラウドを通じた暮らしのあこがれ体験を進化させ続けることができます」と本間氏はLPWAによるネット接続のメリットと、それによるさらなる暮らしの質の向上を説明した。

ネット接続が可能なモデルでも現在の接続率は、まだまだ低いのが実情

LPWAは、Low Power Wide Areaを略したもので、文字通り低消費電力でワイドエリアをカバーするという技術だ。その通信可能域は数km~数十kmに及び、電力消費量が小さいために長期間の運用が可能。通信速度は低速だが、スマートフォンでの動画視聴と異なり、IoT家電のデータ送受信であれば大量のデータを送るわけではないので低速でも十分である。

IoTのネット接続では低コストで長距離通信が可能となるLPWAの採用がカギとなる

パナソニックではこのLPWAについて、2018年秋を目処にNTTドコモと共同で実証実験をスタートさせるという。登壇したNTTドコモ取締役常務執行役員の古川浩司氏は、パナソニックに対してNTTドコモがLPWAの通信技術を提供するとともに、「家電コントロール、エージェントサービスなどの有効性の検証を行うことも実施したいと考えています」と述べた。

LPWAを活用したIoT家電の実用化に向けて、NTTドコモと秋を目処に共同実証実験を開始

NTTドコモは2017年6月、NTTドコモのAPIをオープン化することを発表。実際にパナソニックのディーガやプライベートビエラでは、この自然対話エンジンを活用しているという。古川氏は「実証実験ではAIエージェントとお客様との対話を通じて、一人ひとりの要望に的確に応えるというIoT家電の実現にも取り組んでいきたい」と抱負を述べた。パナソニックの本間氏も「移動体通信最大手のNTTドコモと組むことで、IoT家電を全国規模で広げていくことができます」と協業における期待感を表した。

NTTドコモの古川浩司取締役常務執行役員はLPWAでエージェントサービスなどの実験も行いたいと話す

西川産業、NTTドコモとの協業における商品化の見通しについて本間氏は、「この100周年の年度のうちに実現していきたい」と目標を掲げた。

事業支援会社を新たに設立し、社内のアイデアを事業化へ

パナソニックが発表したのは、もう1点。それはアメリカのシリコンバレーを拠点として、スタートアップをサポートしているベンチャーキャピタルのScrum Venturesとの共同事業だ。パナソニックが49%、Scrum Venturesが51%の出資比率で事業化支援会社のBeeEdgeを設立。アプライアンス社の新規事業創出プロジェクトであるGame Changer Catapultなどからの有望なアイデアを切り出して、事業化をしていくという。

パナソニックはシリコンバレーのベンチャーキャピタルと組んで事業支援化会社を設立

新会社BeeEdgeの代表取締役社長となるScrum Venturesの春田真氏は住友銀行からDeNAに転職し、DeNaの取締役会長や横浜DeNAベイスターズのオーナーを歴任し、Scrum Venturesに参画。これまで培ってきた「知見を活かしながら新しいサービスや新しいプロダクトを生み出し、日々の生活を彩る、社会にとって意味のあるモノを生み出していきたいと思っています」と挨拶をした。

BeeEdgeの代表取締役社長となる春田真氏は長年にわたるベンチャーの経験や知見を活かして新規事業の創出に注力していくという

この新たな取り組みについて本間氏は、「最近のシリコンバレーのベンチャーの動きを見ていると、ITC分野のテーマが、どんどん家の中にシフトしてきて、家電メーカーや住設機器メーカーが取り上げることができる新しい技術的な案件が増えています。そのような新しいネタをキャッチして、パナソニックがメインとする市場に対して製品として提案していくためのものです」と説明。

また、もうひとつの理由として、「パナソニックは事業部制のために新しいアイデアがあっても、チャレンジができない時があります。そのときの受け皿という側面、さらに事業部にも刺激を与えられるという副次的な効果もあると期待をしています」と話す。

つまり、BeeEdgeは本来の目的である新しい事業の立ち上げとともに、社内のアイデアの有効活用とそれに伴う既存事業部への刺激という一石二鳥ならぬ一石三鳥を狙うということである。

メーカーの動きは家電量販店にどのような変化を生じさせるのか

今回パナソニックが発表したパートナーとの協創、家電のIoT化の推進というのは、2月に日立が発表した今後の方向性と同じといえる。自社のみで事業を展開するのではなく、展開分野に合ったパートナー企業とアライアンスを組んでいく。日立ではコネクテッド家電としていたが、いわゆるIoTの推進だ。

日立はコネクテッド家電で家電の進化とともに新規サービスを創出していくと発表している

では、これらの家電メーカーの動きは家電流通にどのような影響を与えるのか。企業としての軸足は住宅や車載、社会インフラやサービスにシフトしてい
くとされているが、実際のところ、家電メーカーとして家電事業を縮小するわけではない。逆に、よりユーザビリティやユーザーベネフィットの高い製品開発を目指すという姿勢だ。

ただし、パートナー企業との協創においては、そこで創出した製品やサービスのメインが他の販路にシフトするかもしれないという懸念はある。例えばパナソニックと西川産業で共同開発したサービスがあるとする。睡眠をテーマにした売り場づくりを試みた家電量販店もあるが、なかなか拡大はしなかった。とすると、両社のサービスは他の販路で展開するということになっても不思議ではない。

睡眠環境の提案は、西川産業の店舗内のみで実施されている

また、IoT家電についても同様だ。スマートスピーカーや家電コントローラーは、もちろん家電量販店でも扱っているが、ハウスメーカーはモデルハウスやショールームで導入し、住宅販売の販促策として活用している。CATV局でも加入者に対してスマートスピーカーを販売し、新たなサービスを創出しようとしている。

家電のIoT化が進むことで、様々なサービスが付加されていく。そのサービスに参入する企業や業種業態が積極的にIoT家電を事業の拡大ツールとして活用しても、おかしくはないということだ。

当の家電量販店はどうかというと、IoTは家電製品の付加機能として捉え、売り場やカテゴリーの担当制度から脱しきれていないように感じる。つまり、エアコンや冷蔵庫がスマートスピーカーと連動するようになっても、それをトータルでお客にアピールしきれていないという印象があるのだ。

IoT家電を群で常設展示している店舗は極めて少ない。写真はビックカメラ名古屋JRゲートタワー店オープン時

売り場のあり方や販売員の商品知識にも再考の時期

今後、家電はさらにIoTで様々な機器と連携していことが予想される。消費者が情報を入手するスピードは早く、実際に情報は世の中に溢れている。ともすると、終日売り場にいる販売員よりもお客の方が先取り情報を知っていることもある。改めてお客の関心事に目を向け、現状の売り場のあり方を再考してもよいのではないだろうか。

「コト軸」という言葉は、すでに普及していると言っても過言ではない。しかし、文字通り「コト軸」で構成された売り場や展示演出を実現できている店舗は、そうそう見当たらない。商品担当という観点で考えると、「コト軸」での商品説明では担当外の商品知識も必要となる。販売員にとって負荷がかかる点は間違いない。IoT家電にいたっては、ネット対応での知識も必要となるので、さらに負担は重くなる。

だが、今後の家電が進む方向性を想像すると、さらに幅広い知識の習得は、家電専門店の販売員として避けては通れないだろう。これからの家電が進む方向と、その方向に合わせた売り場展開や販売員の育成が、今後の家電流通には求められていきそうだ。

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