コロナ禍で自転車需要が拡大し、家計支出も増加
家電量販企業で自転車の取り扱いが拡大している。先行したのは、ヨドバシカメラやビックカメラという都市型店舗を展開している家電量販企業であり、ヨドバシカメラマルチメディア梅田の売り場は、日本でも最大級の売り場となっている。また、ヤマダ電機でも2002年に買収したダイクマが扱っていた自転車を継続して取り扱っていたが、2019年に入ってからは都市型店舗のLABIでも取り扱いを始めた。
家電量販企業が自転車の取り扱いを拡大している背景としては、次の5つが挙げられる。
①新型コロナウイルスで拡大する需要
②成長する電動アシスト自転車市場
③衰退する自転車専門店
④優位に立つポイント制度
⑤将来に向けての投資
以下で解説していこう。
まず、①だが、コロナ禍で自転車通勤の増加や3密を避けて自転車で運動をすることなどが、さまざまな媒体で取り上げられている。また、大型自転車専門店の「サイクルベースあさひ」を全国450店以上で展開するあさひは9月28日に四半期業績および通期業績を上方修正した。この理由は実績が計画以上で推移したためで、新型コロナウイルスの感染拡大が自転車需要を拡大させていることが分かる。
肝心の自転車市場だが、新型コロナウイルスが流行する前は年間700~900万台前後であり、需要はむしろ下降気味で推移してきた。一般財団法人自転車産業振興協会の調査では、2019年の生産および輸入台数は推計で約712万4,000台と、前年より減少している。
しかし、総務省の家計調査から自転車の支出を見てみると自転車産業振興協会とは少し異なったデータが出ている。家計調査において、自転車の支出は増加しているのだ。
上記のグラフから、販売台数は減少しているものの単価はアップし、全体として消費支出金額は増加傾向。つまり、市場は拡大しているのだ。この市場拡大の要因となっているのが、②の電動アシスト自転車である。
衰退する自転車専門店と優位に立つ家電量販企業
電動アシスト自転車の市場は拡大している。経済産業省の生産動態統計によると、2015年の出荷台数は約46万8,000台。これが2019年には約69万8,000台に拡大し、4年間で出荷台数は20万台も増加しているのだ。
ただし、これが電動アシスト自転車市場のすべてではない。生産動態統計は国内での生産がメインの調査で、輸入は含まれていないからだ。従って輸入も合わせると、電動アシスト自転車の国内市場は少なくとも100万台は下らないと考えられ、生産台数の増加率からすると2020年は140万台程度の市場と推測される。
ここまで自転車市場について解説してきたが、ここで③の自転車専門店について触れておこう。2016年の経済センサスでは、全国の自転車小売業は約11,200店。2004年から約2,000店の減少だ。総体的に自転車専門店の経営者の年齢は高く(平均年齢は65歳以上)、廃業が増加している。また、大都市圏においては地価の上昇によって賃借店舗は撤退し、自社物件店舗は店舗の売却が進み、都市部は自転車販売店が不足している状況にある。
自転車小売業の中で圧倒的な売上ナンバーワンのあさひは都市部への進出を狙っている。しかし、家賃が高いだけでなく、優良物件はドラックストア等が抑えており、都市部の中心地への進出は進んでいない。これに対して家電量販企業は都市部のターミナル立地で大型店を展開しており、資本力や経営力もある。
また、ヨドバシカメラやビックカメラの主力店舗の自転車売り場は、大型店舗の広いスペースを活かして品揃えを充実させている。高額商品である電動アシスト自転車についても数十台を展示。不特定多数のお客が多く来店する都市部のターミナル立地ということにプラスして品揃えの面でも自転車専門店を上回っているのだ。
自転車専門店が衰退してきたのは、集客できる店舗展開ができないからだけではない。電動アシスト自転車を例に挙げよう。まず、電動アシスト自転車は単価が高く、取り扱いにはある程度の資金的余裕や経営力を必要とする。
電動アシスト自転車はヤマハ、パナソニック、ブリヂストンという大手メーカーが高いシェアを獲得しており、粗利益率が一般の自転車と比べ低いといわれる。そのため、取り扱いには資本力や経営力が求められるのだ。
対顧客という観点でも見てみよう。電動アシスト自転車の主要顧客である30代の主婦層はインターネットで売価等を調べてから購入することが多い。高齢のためにデジタルに弱い街の自転車専門店にとっては顧客の価格交渉に応じきれないのが実情だ。
また、自転車専門店はキャッシュレス決済の導入にも遅れ、支払いは現金でないと受け付けないという店もまだ多い。そのため、キャッシュレス決済が進む大型店や家電量販店に顧客が流れてしまうことになるのだ。
家電量販企業が自転車を取り扱ううえでは④のポイント制度も重要な要素だ。電動アシスト自転車は高額商品であり、顧客は少しでも安い店舗から購入しようと考える。しかし、一般の自転車専門店では前述のとおり、粗利益率が低い商品を値引きして販売することが難しい。
家電量販企業では、電動アシスト自転車の大量仕入れによるメーカーとの条件交渉で顧客にポイントを付与。これが顧客からすると、実質的な値引きと捉えられ、購入につながるのだ。
電池需要の拡大を将来の成長戦略に紐付ける
最後に⑤の投資という側面についても論じてみよう。電動アシスト自転車は家電量販企業にとって将来に向けての試金石ともいえる商材だ。今後、電動アシスト自転車は高齢者向け電動三輪車や電動カートにつながっていくことが考えられる。車の免許を返上した高齢者の新しい移動手段として電動カートへの期待は少なくない。
アメリカのテスラモータースの急成長によって、EVの将来性が注目を集めている。EVは車単体ではなく、充電池や蓄電池とのセットとして提案される商材だ。家電量販企業が期待しているのが、この電動アシスト自転車の電池である。今後、電気自動車や電動アシスト自転車、ソーラー発電システム等が家庭内に入ることにより、家庭用蓄電池の需要が拡大する。
現在でも家電量販企業は蓄電池の販売に力を入れているが、電動アシスト自転車は短期のビジネスではなく、EVや電動カート、蓄電池等を含めた将来の投資と考える必要がある。
自転車は家電量販企業にとって取り扱い商品の一つと捉えられがちだが、本稿で論じてきたように単なる扱い品目の拡大というだけではない。市場環境や競合業態に対する優位性の分析とともに将来性までも見据えたうえで自転車の取り扱いを強化しているのだ。